時間に追われて過ごす毎日にうんざりしながらも明日の計画を立てる。
明日になったからと言ってどうと言うことはないのだが、立てる計画はいつも先の日のことだ。
世間では、時間に追われる日々から少しだけ開放されるGWと言う大型連休を目の前に、休みの計画を立てている人も少なくないことだろう。
家族や友達と旅行に行く計画。新しく出来たショッピングモールに行く計画。散らかった部屋を綺麗に掃除する計画。
時間に追われる日々から少しだけ開放される。
僕は近頃、酒を飲む機会が増えた。それは出張続きで付き合いの酒が増えたことに起因する。それが習慣化し、一人で部屋にいる時でさえも酒を飲んでいる場面が増えた。
元来、酒が好きな訳ではなかったはずだが、所謂”お酒の席”と言うのは嫌いではない。お酒には大型連休と同じように時間に追われていることを忘れさせてくれる力がある。
つい先日、古くからの友人と酒を酌み交す機会があった。気心の知れた仲間の集まりだったので昔話にも華が咲く。いつもは追われている時間だが、昔話をすることにより記憶を遡り時間を追いかけるかのように過去の出来事を思い出す。
おそらく僕はお酒を飲んだ時にするこの”遡る”作業が好きなのだろう。
先のことなんてどうでも良くなるのだ。今、抱えている不安や心配事や今までにしてきた失敗や後悔から開放されるような気がするのだ。
酒を飲む。
あの日のことを思い出すために。あの人のことを思い出すために。あの日のことを忘れるために。あの人のことを忘れるために。
酔いが冷める頃に理解する。
不安や心配、失敗や後悔から開放してくれているのは、いつも僕らを追いかけてくる”時間”に他ならないことを理解する。
いつも僕らを追い掛け回してくる鬱陶しい”時間”が、いつも僕らを追い掛け回して、決して僕らを解放してくれることのない”時間”が、僕らをいろんなものから解放してくれている。
明日になったからと言ってどうと言うことはないのだが、立てる計画はいつも先の日のことだ。
いつも、”時間”は僕の進む道にゆっくりとついて来てくれている。
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